物語とことば

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infinite

Date
2008-11-22 (土)
Category
物語とことば

その実態はひとの指では読み取れぬ0と1との塗りわけにすぎなくて、あまりに非力で、けれど失われてしまうにはあまりに惜しい記憶と記録で、こうなってみてはじめてわたしはことの重大さに気づく、というようなせつなさを抱えたiBookクリーンインストール後の朝。

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絶望の上を撫でて奏でる希望のひとしずく
為す術もなくただ押し黙って眺める真昼のしろい月
世界はただひたすらに廻り続ける自動装置の円環で
なくした記憶はかたちを変えてこの手にまた戻るようできている

振り返れば道などないことに気づく

「ギフト」

Date
2008-01-24 (木)
Category
物語とことば

冬コミでは皆様足をお運びいただきほんとうにありがとうございました。
一ヶ月弱の放置申し訳なく。桜野は生きております。
毎年恒例のコミケあとの発熱もなく、妙な風邪も引かず、至って健康に過ごしております(前年度比)。

さて、mixiのほうでひっそりupしていた短編をこちらにもupさせていただきます。
冬の新刊「チェロのための無伴奏アリア」は妹の視点から描いた物語でしたが、
この「ギフト」は兄視点。

お手元の「チェロのための〜」と一緒にお楽しみいただけますよう。

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      ギフト


 まだほんの小さい頃の妹が初めて僕に見せた楽譜は、ピアノのレッスンで書き取りをする時の四段しかない五線紙に書かれていて、拍子と小節線の区切りも合っていなかった。旋律は拙く、たった16小節の短い曲。
 五線紙を僕に渡した時の、妹が僕を見上げる期待に満ちた顔のことを、今でも鮮明に覚えている。僕はその場で──というのもたまたま練習中だったから──彼女の作った旋律を弾いてみせたのだった。
 「これで兄さまはわたしといつも一緒なのね」
 僕を満足げに見つめて微笑んだ彼女のことばが、今でも時折、演奏中にちらつく。

 五線紙はやがて十二段の五線ノートになり、気がつけば判型の大きいケント紙のものに変わっていて、彼女の描く旋律は巧みに、よりうつくしいものへと進化していった。楽器の特性を能く知り、チェロの音色の美しさを引き出す音。幾年もの時間をかけて少しずつ磨かれていく彼女のパッセージに、僕もそれだけの時間をかけて初見演奏が得意になっていったように思う。
 父に奨められて始めたチェロはもう二十年近く弾いていることになるが、練習の目的が妹の旋律を引き出すために変容したのは、何時頃のことなのかもう覚えていない。
 書くほどに巧みに、作るほどにうつくしく耀きを増す、妹のちいさな身体の奥底に眠る力を知りたい。妹の華奢な指が五線に書きつけるただの記号が、僕の手で音楽へと形作られる瞬間の喜悦。僕は音楽の誕生の瞬間に立ち合っている。
 誰も知らない天才の手からこぼれる神の贈物をひとりじめする、この喜悦。

 音楽の専門教育を受けさせようと、昨年には音楽学校の入学を奨めたが、妹は首を縦に振らなかった。中高一貫の学校だから、友達と別れるのも嫌だったのかも知れないが、理由は教えてくれないままだ。
 構わない。専門教育なら大学からでも間に合う。もう少し熱心にピアノの練習をしてもらえば問題ないだろう。──爍子の伴奏で演奏したいと言えば、彼女はピアノの練習に熱を入れてくれるだろうか。

 力及ばぬ凡庸な奏者の僕を踏み越えて、神の領域に手を伸ばして欲しい。
 音楽に仕えるものなら誰もが焦がれる、あの高みへ。


 楽譜に釘付けになる。
 初見だから目が離せない、だけではない。この緻密な構築性。描かれてある主題の巧妙な操作。随所に形を変えて折り込まれるモティーフが作る緊密な作品の造り。ひとつひとつを取り逃がさないように、変奏や反転に気付くたびに僕の胸は躍る。
 うつくしい旋律に溺れてしまわないように。
 僕は奏者だ。曲に躍らされてはいけない。この五線に並ぶ粒を組み敷いて僕のものにする。僕の弓でこの天才の供物に息を吹き込むのだ。
 無上の供物を制御する、しかし僕は音楽の奴隷でしかない。
 神に愛された妹とは違う。

 最後の主音の上にちいさく書かれた「morendo」の文字。死に絶えていく音楽の最後の光が僕の弓の先を離れる。
 息を詰めて僕の楽器を凝視している神の寵児の、花弁のような唇から漏れる吐息。

 ちくりと痛む心臓。軽い眩暈。これは嫉妬なのか。
 神の愛を奪えぬ、この僕の。

窓の向こう

Date
2007-06-18 (月)
Category
物語とことば

夏の夜にはまだ早いような気がしなくもないけれど、
わたしの中では梔子は夏の花だ。

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生まれ育った杉並のちいさな家の前には、ヒマラヤスギの並木があって、真夏には剪定されるそれらの枝がさせる、濃密な針葉樹林の香を嗅いでいた。
嘗てわたしの祖父が所有していたはずの隣の土地には、眩暈がするような美しさのヤエザクラがあって、小さかったわたしはその枝を欲しがって泣いた覚えがある。わたしが泣いた日にはもう、そのヤエザクラは隣地の持ち主のものだったから、祖父がそのヤエザクラを所有していた頃などわたしは知る由もない。
父の転勤で家族そろってその家を離れ、数年して戻ったときには隣の家も建替えていて、かのみごとなヤエザクラは見る影も無くなっていた。それからまた数年して、目の前の並木のヒマラヤスギは、その樹齢と弱りを理由に切り倒されてしまった。今はそこに華奢なサクラの木が並んでいる。
桜の木が嫌いだという訳ではない。無論好きな花で、武骨な杉の木にかわって桜が植えられたことを知ったときにはそれなりに喜んだ。けれど夏になるとあの剪定の日の濃密な鮮烈な、針葉樹独特のむせ返るような香りが恋しくなる。雪の積もる隙間から見え隠れする緑の葉が、恋しくなる。

ヤエザクラの枝を欲しがって泣いたあの日、隣の奥方がわたしを近所の花屋へ連れていってくれたことを覚えている。建物の裏に咲いていたヤエザクラは背ばかり高く伸び、誰の腕も枝に届かなかったのだ。どのお花でもいいよ、好きなものをお選び。そう言われてわたしは一層激しく泣いた。あのお花でないと嫌なの。あのお花はここにはないもの。
ヒマラヤスギが目の前からなくなってしまったあの年、もう十分に分別がつく歳だったというのに、あの匂いがしないと嫌なの、と泣きたい気持ちになった。精油でもどこかの枝でもだめ、この窓いちめんを満たすような濃密なあの針葉樹林の香でないと嫌。
違う場所を次の住処に選んだはずなのに、わたしはやはり今年も、杉並のちいさな家の窓から見る風景のレプリカを探していた。公園が見えるといって喜んでいたはずの窓も、遮光カーテンとクローゼットで隠してしまった。あの窓いちめんを満たす針葉樹林のおもたい夏の匂いがないところなんて、と。

──窓のしたから弱々しく香るあまい匂いに気がついたのは、この家に来てからはじめてのことだ。
夏の夜の湿った空気に運ばれてわずかに馨り立つ、これは、そうだ梔子だ。気ぜわしくカーテンを振り払って窓を覗き込むと、階下の庭には背の低い梔子の植え込みが並んでいる。花期の短い、うつくしく咲く時間がほんのわずかの、傷みやすい肉厚の白い花を闇にうかべて梔子が咲いている。

そうか、これからは夏をこうして感じるのだな。
まるで知らないこの場所に、夏の匂いをひとつ見つけたような満ち足りた夜。おもたい甘い湿度の高い、いつしか部屋中にみちるように流れ込む梔子の香り。来年またこの香を嗅ぐ頃、わたしは季節の廻りにきっと気づくのだ。

いつかこの窓が失われるとき、わたしはあの針葉樹の匂いのように、この梔子の香をなくして泣くのだろうか。

奏鳴

Date
2007-02-02 (金)
Category
物語とことば

某友人の日記でちょっと話題になっていた演奏絡みのことで
思い出したので再掲。
2002年くらいの文章なんだけども
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 触れた鍵盤は思いの外重くなくて、わたしの指を従順に受け入れた。
 古い楽器だと聞いていた。硬い音をさせると、順番を待ちながら思っていた。わたしのまえに順番が来た学校の友達のなかには、わたしが良く知っている音の子もいたが、やはりどの演奏も硬くて質感がなく、無機質なおとをしていた。
 けれども覚悟していた音とこの鍵盤とはほど遠く、楽器はすぐにわたしの「したへ引く」沼田門下のキータッチをゆるやかに受け止める。ストロークはあくまで深くかるく、響きは良く伸びるしっかりとした質感をもってこの手に触れた。
 ここにあるのはわたしと楽器と、わたしの耳に鳴る音楽。鍵盤の奥、ハンマーの触れる弦、はね上げられた反響板に映り込むダンパーの上下が、わたしのすべて。うたうようにこぼれていくソナタの主題はこの手と鍵盤とを経てどこかへと逃げていく。
 象牙のわずかに沁みたようないろの、古い鍵盤の触感。わたしの指はいままで楽器を知らなかったのかもしれない、そう思うほどにこの鍵盤はわたしの指を捉えて吸い寄せる。わたしを待っていたのだ、わたしの指をきっと。だから他の子の指ではいけなかったのだ。
 波打つ音の海に溺れるように、いつものように腕ごと楽器に心を預けてしまうこの瞬間が心地よい。わたしの眼は宙を迷いだした。鍵盤を見ても仕方がない。押しとどめようのない速さでわたしの手から失われていく音楽を、ただ身体で感じるだけですべてが麻痺していくようで。
 見失わないように目を閉じた。
 わたしの皮膚を撫でていく旋律のふるえと、身体の内側へと執拗に律動を刻み込む左手のひりつく低音の振動と。わたしの意識は白く汚れてただ鍵盤へと向かう。この指が捉えているなにかを手にしたくて、黒と白との狭間を迷う。白濁する視界にはなにもなく、わたしの指先が触れているのはもしかしたらわたし自身の深い傷なのかもしれない。いまだ罪を知らないはずの、そしてやがてわたしを殺す備えられた傷に。
 耳にはただ装飾音。古い記譜法のターンやトリル。右手の3と4の指がつくりあげている痙攣に、わたしの脳は麻痺する。左手の低音が旋律を奪うようにして刻みつける。重い律動を身体中に感じて背筋にぞくりと鳥肌を立てる。
 楽器とわたしとの境界を、すでに失くしていたのかもしれない。わたしの呼吸や、ダンパーペダルを踏み込む音の息遣い、激しい走句(パッセージ)の向こうに見える何かを捉えようとまた視線を楽器の反響板のむこうへ投げて。
 ワタシノ肌ノ上ヲ撫デデユク振動ト。
 ワタシノ耳カラ脳ヲ支配スル律動ト。
 ワタシヲ思ウママニシテシマウノハワタシノ指ダトイウノニ。
 波のように繰り返す音型を辿りながら、わたしの視界は再た白く霞みはじめた。わたしはいま、何をしているのか。鍵盤のうえで繰り返されるこのいとなみは、ほんとうにわたし自身がおこなっているのか。これはわたしの意識が作り上げた音で、ほんとうはここに鍵盤なんてないのかもしれない。いいえ存在そのものに意味なんてないでしょう。ただ響き続けるこの音楽だけが、わたしのすべて──
 終和音はこの身体じゅうを捉えて離さぬように、講堂のピアノから天井へと残響を昇らせた。あれほど現実感の薄かった世界は舞台のライトと人々のささめきの声とをもってわたしをここへ引き戻す。審査員席に一礼して舞台を降りたが、まだ身体中のどこかが痙攣しているかのように、熱を帯びて。ざわめきの声、楽音のない時間がこうしてわたしの身体を現実に引き戻そうとしているあいだ、わたしはそれに抵抗してさきの熱をなんども身体に呼び起こそうとした。ふるえるままのひざの間や、かたく封されたわたしの胸郭のうえの意識や、ぴりりとしびれたままのつまさきや指の先。
 次の子の演奏がはじまって。
 またあの固い音が、あの楽器から聞こえてわたしは、おそらくは軽い嫉妬と絶望にひたされたまま、そこに座っているだけだった。
 

冬に咲く花

Date
2007-01-31 (水)
Category
物語とことば

夜の紺にうすしろ灯す雪の花

うつらうつら頚傾けて搖る水仙

窓のこちら雪を知らない胡蝶蘭

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こういう書き物系の表示のしかたとかちょっと考えてみなくちゃなとか思いつつ。

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